The Social Insight Updater

2011.10.23 update

つながり

阿久津 聡(一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授)

「何かしなきゃ」の思いがソーシャルメディアに乗り、世の中を動かしていく(第1回記事参照)。
そこに見られる動機やプロセスは言葉通りとてもソーシャル(社会的)なものだが、 では、そこにマーケティングやビジネスといった要素が入り込む余地はあるのだろうか? 再び阿久津聡氏が語る。

社会的かビジネスかは参加者それぞれの立ち位置による

「ドラゴンフライ エフェクト ソーシャルメディアで世界を変える」は、ソーシャルメディアを駆使すれば「何かしなきゃ、何かを動かさなきゃ」という思いを誰もが実現できる可能性があることを伝えた本。
これは一見、社会的に広く共感が得られ、比較的壮大な思い、例えば今の日本で言うなら震災援助などに限った話と受け取られるかもしれないが、別にそういうわけではない。
例えばFacebookで誰かが「何か最近すぐ疲れちゃって・・・。昔みたいに働けない」とこぼしたとする。それに対して、「早く帰って休んだら?」と優しく返されるか、「気合が足りないんじゃない?」と批判的に返されるかは別として、今までだったら、その場にいた一人か多くても2-3名に返されて終わりだった。それが、ソーシャルメディア上では、そうした反応に加えて、「私も」、「実は俺も最近」と内容が発展しながら、時空を超えて「ソーシャルに」コミュニケーションが繋がっていくことが可能だ。
この場合、最初はただのボヤキがあって、そのボヤキを聞いた友人たちが反応することから始まるが、ソーシャルメディア上では、その動きが瞬時に拡散し、さらに蓄積されていくので、それに応じて、知識をかじった人がサプリを薦めることがあるかもしれないし、さらに誰かが「それ、ビジネスとしてどうだろう」と発展させるかもしれない。もし、それは何らかの栄養素が欠如して起こるものだというエビデンスがあれば、「じゃあ、その事実を世の中に知らしめよう」という思いにつながる可能性もある。

社会的であると同時にビジネスチャンスでもある。
これは参加する人が、そもそも何を求めているかによる。社会的な課題の解決を求めている人はそう捉えればいいし、ビジネスを探しているならビジネスチャンスと捉えればよい。ソーシャルメディアのすごいのは、それが何であれ、これまででは考えられないような速さと規模でやり取りが拡散していくことにある。「自分はこう思うんだけど、皆さんはどうですか?」と問えば、あっという間にものすごい量の反応が返ってくる可能性がある。自分が思いを込めて、真剣に考えてきた問いであれば、それなりの反応は返ってきそうだ。そうでないなら、逆に、何かが間違っているのではと自分に問いなおしてみたほうがよいのかもしれない。
社会的意義がまったくない問いというのはそうそうないはずだ。確かに、この本の事例にははかなり特別なものもある。しかし「何かをする」目的によっては、必ずしもどんどん広げる必要はない。例えばコアなファンだけが喜ぶものにしたいという目的であれば、その目的に合わせたデザインをすればいい。自分の求める規模の反応が返ってくる可能性は高い。

ソーシャルメディアが埋めるマーケティングリサーチ手法のギャップ

マーケターが消費者のニーズを知りたいと思うのは、今も昔も変わらない。だから、あらゆる調査手法を使って、消費者からニーズを引き出そうとしてきた。
これまでマーケターがよく使ってきた典型的な調査手法が、デプスインタビューやグループインタビューだ。基本的に、消費者のことを知りたかったら消費者に直接聞こうという分かり易い方法だ。もちろん、よりよく聞き出すためにということで、聞き方のテクニックが磨かれたが、消費者が無意識でやっていることについては分からないし、そこに無いものや状況を想像して答えてもらうといったことは難しい。また、手間暇とコストがかかるやり方なので、対象を広げることは簡単ではなく、市場の動向などを知るための確証は得られない。
これらの問題に対処するために、さまざまな異なる調査手法が開発されてきた。例えば、消費者の無意識を調査対象とするためには、それを表出化させるためのメタファー(隠喩)を使った調査手法や、消費者の脳や神経系の反応を直接見ようとするニューロマーケティング手法などが開発された。ただ、これらの手法は、より多くの手間暇とコストがかかる。また、市場の動向を知るためには大規模サーベイなどの定量調査が使われるが、他の方法と比べて画一的で調査対象となる消費者一人ひとりのコミットメントが低いため、込み入ったことなどは聞けない。インターネットを利用することでコストは大幅に下がったが、この問題は解決されていない。

こうした既存のマーケティング調査手法の限界に嫌気して、調査はやらずに開発側の思いをそのまま市場にぶつけるという、ハイリスクな方法をとる企業もある。アップルのスティーブ・ジョブズ氏などは、マーケティング調査に頼らない経営者の代表として知られるが、誰でもできることではない。

そうした中で、ソーシャルメディアを利用した調査手法は、既存の調査手法の穴を埋める革新的な可能性を秘めている。例えば、広い範囲から話を聞きたい相手の話をピンポイントで、しかもほとんどコストをかけずに聞くことが可能だ。SNSを上手に活用すれば、背景や行動履歴、他者への影響力すらわかっている消費者の話を聞くことができる。それも、より適切なタイミングで、しかもコストを低く抑えることができるので、必要に応じて必要なだけ聞くことができる。

「ドラゴンフライエフェクト」のモデルを使えば、別に大企業のマーケターでなくても、誰でも消費者の声を、必要に応じて必要なだけ「聞く」ことができる。そして、これまでのように、聞くという作業は一回きりで終わってしまうものではない。そこから対話を始めることができる。終わることのない対話の中で、価値の創造が持続する。対話を始め、その輪を広げ、それを持続させていくうえでカギになるのは、ドラゴンフライエフェクトの四つの羽、つまり「焦点」であり、「注目」であり、「魅了」であり、「行動」なのである。

※本記事は取材を元に「The Social Insight Updater」編集部が作成しました。

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プロフィール
阿久津 聡

阿久津聡

現在:
一橋大学大学院 国際企業戦略研究科 教授
専門:
マーケティング、社会心理学、行動経済学
著書:
『ドラゴンフライ エフェクト ソーシャルメディアで世界を変える』翔泳社 2011 (監修)
 
『ブランド戦略シナリオ―コンテクスト・ブランディング』ダイヤモンド社 2002 (共著)
 
『知識経営実践論』白桃書房 2001 (共編)

 

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