The Social Insight Updater

2011.8.28 update

ソーシャルメディアのBtoC活用―その日本的お作法

濱野 智史(株式会社 日本技芸 リサーチャー)

キャラが暴走して注目を集めた末に炎上、はたまた単にプレスリリースの断片のような恐る恐るの無色透明…未だソーシャルメディアとのベストな距離感を探り続けている企業が、日本という独特な環境の中でユーザーに受け入れられる、ユーザーイノベーションを起こすためには何が必要なのか?
前回に続き、濱野智史氏にお伺いする。

スベらない企業アカウントは「中の人」しだい

ここのところ、日本でもソーシャルメディアを活用してB to Cのコミュニケーション・チャネルを開こうとする企業が増えてきた。
しかし、これはぶっちゃけた言い方になってしまうけれども、実際には“スベっている”ケースが多いのではないだろうか。
たとえば、企業の公式Twitterアカウントの大半は結局プレスリリースを細切れにしてつぶやいているだけだし、どうも「恐る恐るつぶやいている」というか、いまいちソーシャルメディアのノリになじめていないのが透けて見えてくる。
そんな中でも、比較的成功している公式アカウントのポイントを挙げるとすれば、それはユーザーサイドと同じ目線に立って、一人の人間としてつぶやくことができているということ。逆に、企業アカウントの大半がうまくいかないのは、それが、いかにも「組織の者」という感じがして、全然キャラが立っていないから。無色透明なパーソナリティで、単にプレスリリースを連発するだけ、「日曜は会社休みなんでつぶやきませんしリプライもできません」というのでは、ユーザー側からすると単に「つまらない奴」にしか見えない。

ネット用語で、組織の中にいる実際の運営者・担当者のことを「中の人(なかのひと)」というけれども、まさにその「中の人」としてのキャラが立つかどうかが、公式アカウントの成否を分けるように思う。
そういう意味では、「まんべくん」(北海道長万部町のゆるキャラ)は(※取材後の注:本インタビュー取材の行われた時点では、まだアカウント廃止に繋がる問題は起こっていなかった)、まさに「中の人」のキャラが立っていた。
ふつうのユルキャラだと思って「まんべくん」のTwitterを読むと、誰もがその意表を突くつぶやきにびっくりする。「まんベくん」は長万部とはまったく関係ないことばっかりをつぶやいていて、しかも発言内容が明らかに暴走しているというか、逆にその暴走感をみんなネタとして面白がっていた。
「なんでユルキャラなのにこんなことつぶやいてるんだよ!」と、ツッコミを入れたくなる感じが、いわゆる企業や組織の公式アカウントとは全然印象が違っていた。
そのおかげというか波及効果もあって、「まんベくん」ファンを対象にした宿泊キャンペーンは、人気が殺到してすぐに一杯になったらしい。もちろん「まんべくん」は暴走しすぎの感もあって、そこは賛否両論あると思うが、それでも観光資源が決して豊富なわけではない長万部町に、ソーシャルメディアを通じて多くの人々の関心・注目を集めたのは大きな成果といえる。
(※取材後の追記:例の事件を受けて、「まんべくん」を「ソーシャルメディア活用の失敗事例」とみなす向きもあるとは思うが、それだけで片付けてしまうのはあまりにも惜しい。むしろ炎上事件も含めて、企業・公的組織のソーシャルメディア活用における、重要なケーススタディであると捉えるべきだと思う。)

ソーシャルメディアは、あくまで個人と個人がフラットに付き合ってコミュニケーションすることを想定してつくられたプラットフォーム。乱暴に要約してしまえば、ブログにSNSにTwitterと、どんどん「個人同士が気軽に繋がれること」を追求することで進化してきた経緯がある。しかし、だからこそ企業のソーシャルメディア利用においては、根本的な限界があるといわざるをえない。なぜなら企業の公式アカウントを名乗っている限り、フランクに個人とつながるというわけにはいかないからだ。企業である限り社会的責任も大きく、コンプライアンス重視の観点から気軽につぶやくというわけにもいかない。企業には組織構造というものがあって、担当者がその場の思いつきでどんどんつぶやくというわけにもいかず、何をつぶやくにも上司なり広報部なりの確認が要る。組織というのは、そもそも個人と個人のフラットな人間関係とは真逆の「階層構造(ハイアラーキー)」を前提にしているのであって、そうである以上、組織がソーシャルメディアを自由自在に使うというわけにはいかない。
とはいうものの、担当者個人のキャラが立っていて、そのことを周囲も理解できるリテラシーが醸成されているような企業であれば、ソーシャルメディアの活用は上手くいく可能性が高いと思われる。しかし、日本の昔ながらの大企業病というか、上から下までガチガチなコミュニケーション作法に縛られている組織では、なかなか一担当者がキャラを立ててフリーダムにつぶやく、というわけにもいかないので、上手くいかなくなってしまう。要は組織のしがらみがある中で、個人がどれだけキャラを発揮できるかが、企業のソーシャルメディア利用の重要なポイントになるのではないか。

容赦ない“ツッコミ”が日本独自のイノベーションに繋がる?

見方を変えれば、企業がユーザーとコミュニケーションを取る際には、いかにユーザーからのツッコミを効率的に受け入れることで商品やサービスの質を向上していくが重要になる、ということができる。そもそも日本はソーシャルメディアに限らず、ツッコミ優位の文化。日本人が日常的に使う「ツッコミ」という概念も、他の国の言葉に訳すのは難しいとも言われるように、どうも日本というのは「ツッコミ」という概念抜きにコミュニケーションの問題を考えることができない。それはおそらく、「空気を読む」という日本的なコミュニケーション作法と、不可分の問題なのではないか。

それを反映してか、日本のソーシャルメディアもツッコミ優位の傾向にあり、「ニコニコ動画」というのはまさにその最たる存在といえる。海外だと、YouTubeというのはあくまで動画コンテンツのほうがメインであって、それに付くコメントはあくまでおまけ的な位置付けでしかない。YouTubeの中で再生回数が多いものといえば、例えばレディーガガなどの著名なアーティストだったり、世界中のあちこちで踊ってる人だったり、ものすごくギターがうまい人・・・のようなものであって、あくまで作品重視。
でもこれが日本のニコニコ動画では、もちろん作品が優れているものも多いけれども、人気のある動画は「コメントがおもしろい」というものが多い。
あくまでユーザーからのツッコミがあるから、作品としてのキャラが立つ、という傾向がある。

そもそもこうしたツッコミ優位の環境にあるからこそ、日本ではユーザーイノベーション(ユーザー側が主導するイノベーション)が起きやすいとも言える。ツッコミ優位の文化というのは、言い方を変えればある種クレーマー的素質が高いということでもあり、オタク的な鋭い選別眼を持っているということでもある。日本の消費者はオタク的に商品チェック能力もリテラシーもガンガン洗練させていくので企業の側はそういう消費者からのツッコミに鍛えられる形でどんどん商品やサービスを研ぎ澄ましていく。その結果、海外の人から見ると、日本のプロダクトはびっくりするほど異常にクオリティが高い、ということが起こる。
ただ日本の場合は、顕名性が高いソーシャルメディアではなく、匿名性の高い2ちゃんねるのような場所でこそ、消費者は忌憚のないツッコミを入れるという傾向がこれまであった。実際、ソーシャルメディアがここ数年で騒がられるようになったずっと以前から、例えば企業の担当者が2ちゃんねるの自社製品に関するスレをウォッチして、それを商品開発にフィードバックする……というのはある程度行われきた。
それと同じことがいまソーシャルメディアでも行われるようになってきた、というだけのこと。2ちゃんねるだろうがTwitterだろうがFacebookだろうが、要はどれだけ消費者からの本音のツッコミをもらえるかが重要であって、その場所は別にどこでもいいのではないか。

とはいえ、今まで顧客との距離が遠かった商品やサービスが、いきなりソーシャルメディアを使ってユーザーイノベーションをやろうとしても、当然無理がある。ソーシャルメディアを使ってどうこうという小手先のテクニックよりも、まずはロイヤリティの高い消費者、ネット用語でいえば「信者」を集めなければ話は始まらない。ソーシャルメディアを通じて、果たしてどこに潜在的な「信者」がいるのか、そしてどうすればその「信者」から忌憚なきツッコミを入れてもらえるのか、それが企業のソーシャルメディア利用の核心にあるのではないだろうか。

※本記事は取材を元に「The Social Insight Updater」編集部が作成しました。

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プロフィール
濱野 智史

濱野 智史

現在:
株式会社技芸リサーチャー
専門:
情報社会論
著書:
『アーキテクチャの生態系』 NTT出版 2008年(単著)
 
『ised:情報社会の倫理と設計』河出書房新社 2010年(共著)
『日本的ソーシャルメディアの未来』 技術評論社 2011年(共著)他

 

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