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2011.4.13 update

崩壊寸前。ニッポンの食卓

室田洋子(聖徳大学児童学部 教授)

ニッポンの家族の食卓は、レッドデータブックに登録されていると言ってもいい。
そんな食卓を絶滅の危機から救う手だてはあるのか?
聖徳大学の室田教授にお話を伺った。

偏食は人間を小さくする

家族の食卓というのは、基本的に同じものを食べることに価値がある。同じ料理を同じ食卓で食べれば、味覚を共有できるし、たとえば父親が作った妙な味の料理でも、それが逆に新鮮な体験として残る。後々「あのときのアレ」といういつまでも忘れられない体験となるのである。
しかし、「個食」化が過ぎると、体験の共有ができない状況になる。気に入らないおかずがあれば、冷凍食品を電子レンジに入れたり、レトルトを温めて食べればいい。せっかく家族が食卓を囲んでいても、同じ空間でそれぞれがバラバラの食事をしている。
親は、それを子どものためによかれと思っている。機嫌を損ねることなく食事の時間を過ごしてもらいたいという配慮が度を超えているのだ。
親が子どもに気を遣いすぎれば、その結果は偏食となって現れる。
食への興味は、物事全体の好奇心の涵養につながる。少し味見をして「あ、こういう味なんだ」とか「これ、食べられるよ」と興味をもつことで、生活経験を積んでいく。乳幼児が、手にしたものを何でも口に入れてしまうのは、口に入れることで経験の幅を拡げているのである。
しかし、「嫌いなら食べなくていいよ」という育て方をすると、経験の幅が非常に狭くなる。偏食がちで食への興味が狭く、新しい食べ物に拒絶的な態度をとる人は、遊びなどほかの活動にも防衛的になり、決まった道具で決まった動きしかできない消極的な人間になってしまうのだ。

朝食は大事だとか、ダイエットのしすぎには注意といった情報はことあるごとに取り上げられ、我々はすぐに影響されるが、それよりも大切なのは、コミュニケーションの場としての食卓状況である。 何を食べようと、食卓に家族みんなが集まっているかどうかが重要だ。
教育の方針、家族の生活を確立していく方針について一定の考えをもっている家庭は、今後、家族で一緒に料理を作り、一緒に食べるということにシフトしていくだろう。作るというプロセスが大切だということに気づき始めているのである。
たとえば、学校で作ったサツマイモを子どもが持って帰ってくる。それをみんなで料理して食べることが大切。そのとき重要なのは、サツマイモを持ってきた子どもを主人公にすることだ。「分けてもらっていい?」と言いながら食べる。親がそれをしっかり読み取ることが大切なのである。
最近は「イクメン」などと言われ、子育てに熱心な父親が注目を集めている。社会がそれを認める環境になってきているのだから、このような食卓状況を作り出せる環境は十分に整っているはずだ。

親にこそ必要な食育

さまざまな状況で、必ずしも毎回食事を作ることが難しい家庭もあるだろう。忙しいときにはコンビニやスーパーの総菜ですませてしまうこともあるかもしれない。
しかし、そのようなときでも、必ずひと手間かけることが重要である。買ってきたそのままのトレーを並べるのではなく、必ず別の器に移す。本来温かいものは、必ず温める。そして、家族みんなで分けながら食べる。
自然解凍で食べられる冷凍食品を弁当に入れる場合でも、ゆでた野菜を少し加えるとか、盛りつけに工夫をするなど、必ずひと手間かけることが大切だろう。それが愛情というものである。最近ブームの「チョイ足し」は、家族の食卓にコミュニケーションをもたらすきっかけにもなるのだ。

食育といえば、子どもに食事の大切さを教えるといったイメージが強いが、本来の食育が必要なのは親なのかもしれない。食卓の「当たり前」をどうやって作るか? 「当たり前」というのは親が作るものだ。家族で料理を作ったり、たとえ忙しくて出来合いの総菜を買ってきても、それに必ずひと手間かける。それが食卓の「当たり前」なのだということを子どもに示す状況を作っていくのが大切なのである。
「巣ごもり」というのは、主に今の経済環境によって生まれた状態かもしれないが、食卓状況から見れば、むしろ歓迎すべき現象だろう。
ベランダで作った野菜で料理する。父親の作った妙な料理を家族みんなで「まずい」と言いながら食べる。ホットプレートで焼き肉をする。そんな食卓状況から、家族のコミュニケーションが生まれ、子どもたちが健全に成長するのである。

※本記事は取材を元に作成。

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プロフィール
室田洋子

室田洋子

現在:
聖徳大学児童学部 教授
専門:
発達心理学・臨床心理学(臨床心理士)
著作:
『子どもの教育相談室』金子書房 2004年 (共著)
 
『こっち向いてよ 食卓の絵が伝える子供の心』幸書房 2004年 (単著)
 
『心を癒す食卓』芽ばえ社 2003年 (単著)
 
『心を育てる食卓』芽ばえ社 1995年 (単著)
 
『食べない食欲のない子はなぜ』芽ばえ社 1990年 (単著)
 
…他多数

 

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