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2011.2.25 update

デフレ不況で生まれた「心の消費」

田中秀臣(上武大学教授)

食品や日用雑貨はNBよりも安いPB製品、服はファストファッションで十分。たまの外食はネットでクーポンを探して安く済ませ、休日は家でYoutube。

デフレ不況の中でよく耳にする消費行動だが、決して節約をしている感じは受けない。不況が続く中、若者を中心に、お金を掛けなくても不満のない消費をするようになってきた。今回は、デフレ不況の中でとりわけ若者の消費志向がどう変わってきたのか、経済思想やPOPカルチャーに詳しい上武大学教授、田中秀臣先生に聞いた。

自分の物語にコミットできない物語は要らない

日本は1990年代終わり頃から長期にわたるデフレに突入した。
デフレによって人々の名目所得は減り、いつしか「今後も財布の中身は減り続けるだろう」と悲観するようになった。経済学的には「デフレ期待」というが、車や家電製品など高額な耐久消費財をバンバン買うなど大きな出費を伴う消費はごく一部で、多くはお金のかからない消費スタイルに変化していった。近年の好調な企業を見ても「ヤマダ電機」や「ドン・キホーテ」などのディスカウントショップで、デパートは不振。外食産業でも客単価の高いファミリーレストランよりも牛丼や回転寿司、讃岐うどんの店が伸びている。このように、安い費用で長い時間愉しめるようになってきた。
ではデフレ不況の中、消費に興味がなくなってきたのだろうか。
そうではない、興味がなくなったのではなく異なる形で台頭してきた。
それが「心の消費」だ。

リーマンショック以降、経済学者たちは物語の持つ力に関心を持つようになった。ノーベル経済学賞を受賞したトマス・C・シェリングは「消費器官としての心」という論文を書いている。アメリカで一時期、テレビドラマに出てくる犬の物語にテレビを覧ていた多くの視聴者が感情移入してしまい社会的に大きな影響を及ぼした。論文はこの現象を分析したもので、架空の物語にも関わらず人々はそれを本物、現実と同じように消費したのだ。これをシェリングは「心の消費」と言った。
同様にアメリカの経済学者テイラー・コウェンは金銭の授受を伴わない非経済活動的な消費、いわば「心の消費」を行う人たちが爆発的に増えたと指摘している。
例えば新しい洋服を買ったことで得ていた満足感、旅行をすることで得ていた感動といった心の消費が、今ではタダ(Free)でできるようになった。
そうした「心の消費」に大きく貢献したのがインターネットだ。日本で90年代からのデフレとは反対に、インターネットは90年代から急速に普及していった。

そしてブログなどの自分で発信できるインフラが整ってくると、人々はブログやTwitterで自分の心の中を表現し、全世界に公開するようになっていった。自分で物語を生産し、かつ他人の書いた心の中を読んで消費する構造が生まれてきたのだ。
その中で生まれた価値観が「自分の物語とコミットできない物語は要らない」だ。
カルチャーにせよ、製品にせよ、今の消費にはこの構造がある。
たとえば、メーカーが自社の製品に物語を載せて販売する。しかし、自分の小さな物語にコミットできないその物語はうっとうしいと思うだろう。

オンライン上での消費行動はとりわけ若者を中心に起きている。内省的で私的な物語消費は経済的には低いコストしか必要としない。シェリングが心の消費に注目したのは人が犬のキャラクターに感動したり、怒ったり、悲しんだりしてもその消費に伴うコストはほとんどゼロに近いということだ。自分で生産して自分で消費するような心の消費、お金を使わないで自己表現とコミュニケーションを楽しむ文化がデフレの進行とともにより若い世代に、また社会全体にさらに広がっていく可能性があるだろう。

私的消費をしたい若者

ドイツの経済学者アルバート・ハーシュマンは「公的な社会参加に挫折すると、国民の多くは私的消費により傾斜し、そして公的な社会参加がより可能になると私的な空間から出てくる」という消費循環論を説いている。
日本経済の長期停滞で、とりわけ若い世代の社会経済的挫折、それによる内向き志向が強くなってきたと考えられる。
そうした内向き傾向のひとつに若者の地方回帰がある。
かつては多くの若者が就職のために東京や大阪に多くの若者が流入した。
しかし今は地元回帰の動きが見られる。初任給をみても首都圏は地方よりもやや高いが、そう大きな差はなくなってきた。そして若者はほんの少し高い給料よりも、気の知れている友達もいる落ち着く地元で就職をしたいと思うようになった。ましてや、家賃を払うことを考えると実家から通ったほうが生活は楽だとすら思う。こうした首都圏と地方との可処分所得の差が小さくなったことを背景に、若者の地元志向が強まっている。

それに伴い、今では都心に限らず地域で独自の文化が生まれてきている。名古屋を拠点として誕生したアイドルグループ「SKE48」を例にとると、名古屋への若者の就職事情が関係していることがわかる。AKB48の地方版として初めて誕生させたのが「SKE48」だが、なぜ名古屋だったのだろうか。名古屋市の人口をみてみると最近は年に1万人ほど増加している。なぜ増えているかというと7割強が名古屋市への若者の流入増で引き起こされているからだ。この現象は21世紀になって顕著になった。20世紀は特に高度成長期以降はむしろ名古屋市から東京や大阪などの外部への若者の移動が多かった。しかし今ではその逆の動きが起きているのだ。名古屋に20代の若者が多く流入し、彼らの余暇としてのはけ口が求められているところに「SKE48」がうまく隙間に入ったといえるだろう。

なぜ地方回帰なのかを考えると、やはり「財布の中身がない」という結論が効いてくる。初めは景気の問題だったのが徐々に構造的な問題になっていくかもしれない。つまり、不況の状況があまりに長く続いたために、その間に身についた消費行動が日本にデフレカルチャーとして定着していったのかもしれない。

※本記事は取材を元に作成。

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プロフィール
田中秀臣

田中秀臣

現在:
上武大学ビジネス情報学部教授
専門:
経済思想史、日本経済論
著作:
『昭和恐慌の研究』東洋経済新報書 2004年 (共著)
 
『不謹慎な経済学』講談社 (単著) 2008年 (単著)
 
『雇用大崩壊』NHK出版生活人新書2009年 (単著)
 
『偏差値40から良い会社に入る方法』東洋経済新報社2009年 (単著)
 
『デフレ不況 日本銀行の大罪』朝日新聞出版社 2010年 (単著)
 
『AKB48の経済学』朝日新聞出版 2010年(単著)
 
…他多数

 

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