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2011.1.28 update

消費における見栄の喪失

上田隆穂(学習院大学経済学部 教授)

最近の消費者の行動を観察すると、いくつかのキーワードが浮かび上がってくる。そのひとつが「見栄」である。

「見栄」はそもそも動物がもっている本能ともいえる。クジャクの雄がハデなのも、グッピーの尾びれが長くてキレイなのも、「見栄」を張って着飾ることで、メスの気を惹くため。ヒトの雄が外国製のスポーツカーに乗ったり、雌が一流ブランドの服で着飾るのも、異性にモテたいためではなかろうか。

しかし、最近、とくに若者層に顕著なのだが、「見栄」を張らなくなったという。 ブランドにとっては悪夢のようなこの状況。打開のヒントをプライシング戦略に詳しい上田先生に尋ねた。

二極分化する「カッコつけ」

以前は、若者といえば無理をしてでもカッコつけているものだった。クルマを買って、カッコ良く見せて女の子をデートに誘うというのが男のパターン。女の子も、披露宴に呼ばれるたびにドレスを新調していた。 しかし、最近はある程度カッコつける部分と、カッコつけない部分をしっかりわけている。
クルマならレンタカーで十分。披露宴のドレスも同じ服を着るのが嫌ならレンタルでいい。世の中全体のこだわりがなくなってきている。お金をかけてカッコつける消費が選別されているのだ。
その代わり、こだわる部分には徹底してこだわる。つまり、こだわらない部分とこだわる部分に二極分化していると言える。その結果、商品の価格帯も二極分化している。

ただし、全体的にこだわりがなくなったとはいえ、こだわりをなくした部分でも、あるこだわりができるという複雑な構造になっているのも事実である。
ファストファッションの隆盛がいい例だろう。
いわゆる一流ブランド品へのこだわりがなくなり、ユニクロでもOKになった。一定の品質を保っていれば満足する流れができたから、ユニクロがこれだけ大ブレークしたわけだが、その流れの中で、多少たりともこだわりがもてるブランドとしてユニクロが位置づけられることになった。
その結果、スーパーの衣料品が大打撃を被り、イトーヨーカ堂は衣料部門を縮小し、食品スーパー化を目指すようになったわけである。
食品でも同様の現象が起きている。
プライベート・ブランド(PB)は、当初安さだけが注目されたが、セブンプレミアムがPBカテゴリーで高級品を発売し、成城石井がPBを展開するに及んで状況は変わった。 全体としてみればこだわりがないPBの中でも、こだわりを抱えたカテゴリーが登場することで、分化が始まっているわけである。
また、最近「プチ贅沢」などという言葉が流行っているが、贅沢をするためにこだわる部分は人によって分かれるし、カテゴリーによっても違いがある。同じ人でも、こだわりのあるものとないものに分かれる。入れ子細工のように複雑化しているのである。

勝ち組高級スーパー好調の秘密

消費者は品質と価格の組み合わせでモノを買っているが、大きく3つの層に分けられる。
価格が高くても高品質なモノにこだわるのが「品質フォーカス層」。品質はそこそこでいいから安いほうがいいというのが「価格フォーカス層」。その中間が「バリューフォーカス層」で、状況によって品質、価格どちらにも動く。
消費者マインドは、不況期はおしなべて「価格フォーカス層」に移動しているが、「バリューフォーカス層」にも残っている。この層が、メディアの論調や周囲の雰囲気に流されて動いているわけである。
スーパーは、ターゲットが広いか狭いかでGMSか食品スーパーかに分かれる。また、訴求点が低コストなのか差別化なのかで商品構成も変わってくる。現在好調なのは、スーパー型で差別化をしているところ。
西友のように、低コストでも全国展開で頑張っているところもあるが、規模が大きく、しっかりしたコスト体質の限られた企業しかやっていけないだろう。「価格フォーカス層」をターゲットに競争するのは相当なリスクを伴う。
「品質フォーカス層」をターゲットにしたスーパーにも分化がある。たとえば、成城石井は高品質のものを比較的安く売るのがコンセプトになっている。だから、「バリューフォーカス層」も取り込んで好調を維持しているのである。

品質フォーカス層、バリューフォーカス層、価格フォーカス層のバランスと価格戦略

ただ、スーパーは差別化されているが、デパートはどうだろうか?
デパートが好況になるのは、国民の所得が伸びている時期である。日本経済は成熟しており、現在は停滞、もしくは下降線をたどっている時期だから、デパートも低迷している。何かイノベーションが起こって、再び国民生活が向上すれば、またデパートが活況を呈するようになるだろう。
現在、デパートが好調なのは途上国。急激な経済成長を遂げている中国には、イトーヨーカ堂やジャスコが進出しているが、食品スーパーとしてではなく、完全なデパートとして展開している。
デパートが低迷したことによって、業界にいい変化も現れた。
まず、顧客のニーズに応えるようになった。好況だった時代には、デパートというブランドにあぐらをかいた殿様商売で、顧客の意向を無視していた。本業以外への投資も現在の苦境の原因と言えるだろう。
また、マクロ的な環境の影響も大きい。リーマンショックのような事態が起こった場合、デパートのような組織はもろに打撃を被る。
このような時代には、イオングループのようなマルチフォーマット形式で経営していかざるを得ないのだが、デパートは恐竜のように感度が悪い。大企業病の典型と言えるだろう。

社会的圧力の減少がコダワリの対象を選別

さて、消費者は賢くなったのか?
冒頭で解説したとおり、賢くなったというよりも、押しつけられたこだわりがなくなったというほうが正確だろう。このこだわりを捨てたことで、そのカテゴリーでは自分が思ったとおり行動するようになったということだ。
なぜそのような行動をとるようになったのかといえば、社会の環境の変化が大きい。それ以前は周囲の目を気にして、見栄を張り、カッコをつけていたが、それを気にしなくなったことで、正直に行動できる環境になったということである。
つまり、社会的圧力が減ったことで、すべてにこだわる姿勢から、こだわりのあるものとないものを選別するようになり、結果として自分の気持ちに素直な消費行動をとるようになったわけだ。
そうすると、ブランドを作る側は非常に難しい環境になったとも言える。
商品構成として、徹底的にコスト節約した基本機能だけのモノと、逆に徹底してこだわった品質重視のモノと極端に分化し、その中間があまりなくなってくる。
アメリカ型に近づいてきているとも言える。たとえばディズニーランドでは、品質は低いが安いおみやげと、高品質で高価格のおみやげを作り分けている。低所得者と高所得者とに分けた商品展開をしているのだ。

※本記事は取材を元に作成。

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プロフィール
上田隆穂

上田隆穂

現在:
学習院大学経済学部 教授
専門:
マーケティング。特に、「価格マーケティング」「セールス・プロモーション」。現在、消費者の深層心理研究に基づくプロモーション開発、小売戦略等を中心に産学協同研究中。牛乳、高速道路、地域振興、清涼飲料・食品産業関連分野の研究が多い。
著作:
『マーケティングを学ぶ〈上〉〈下〉―売れ続ける仕組み』中央経済社 2009年 (共編著)
 
『マーケティングリサーチ入門』PHP 2008年(共著)
 
『マーケティング・コミュニケーション大辞典』宣伝会議 2006年 (共著)
 
『顧客の声を活かすフードサービス情報戦略』中央経済社 2006年 (共編著)
 
『テキストマイニングによるマーケティング調査』講談社 2005年 (共編著)
 
『価格決定戦略』明日香出版社 2005年(単著)
 
『プライシング・サイエンス入門』同文舘 2005年(共編著)
 
…他多数

 

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