The Social Insight Updater

2010.11.12 update

“カワイイ”の成立条件はグループ内での承認

仲川秀樹(日本大学文理学部社会学科教授)

「カワイイ~!」
電車の中で女性たちが雑誌を見ながら話している。
開いているのは冴えない薄毛の俳優が被写体となったグラビアページ。
ここでオヤジは戸惑ってしまう。

“カワイイ”の基準から大幅に逸れていると思われるハゲ散らかした俳優を指してカワイイ?モデルや読者モデルに対して“カワイイ”と憧れ、自分のタイプの異性に対しては“カッコイイ”でなく“カワイイ”といった代名詞を当てる。
たとえ母親、父親の使っているものでもカワイければ一緒に使う。男性に“かわいい”と言ってもらうより、女友達に“カワイイ”と言われたい…。

果たして、 “カワイイ”が指すものは何なのか。
こんな戸惑いに日本大学の仲川秀樹教授が回答する。

“カワイイ”はグループ内での登録制

“カワイイ”というコトバにはどの対象物にどんなキモチだからで使う、といった方程式はない。ある感覚を共有するグループの中で、誰かが「カワイイ」と発言し、それがグループ内で登録されたらそれは“カワイイ”ものになる。そして、グループ内で別の誰かがその評価に疑問を抱いたとしても、メンバー内で了解が得られれば、ただちに“カワイイ”と登録され、評価が成立する。

人間は、男女、社会的地位、職業、居住地域、学歴など、それぞれが帰属するグループごとに人間関係を形成しているが、たとえ、年代がはなれたグループにおいても、属性や趣味・嗜好など、ある感覚を共有したグループ内において何の事象に対しても“カワイイ”と登録されたらそれは“カワイイ”になる。つまり、若い女性だから“カワイイ”を使うわけではない。年代を隔てた垂直的な関係ではなく、水平的な関係性の中で作られていくコトバなのだ。

「可愛い」は、例えばオトナが小さい子どもに対して使う少女文化的な意味がある。そして「かわいい」は80年代のぶりっこに象徴されるリボンとフリルの世界だ。 一方で“カワイイ”は、まさにイマを表し、ポップな要素、キュートな要素に加え、セクシーな要素も含む。 例えば、キティちゃんはカワイイのか。

“カワイイ”の英語表現には“キュート(cute)”、“キューティ(cuty)”があるが、“カワイイ”と区別できる。キティちゃんは子どもだけでなく、例えば水商売系の女性たちにも人気がある。一般的に、キティちゃんに対して抱く感覚は片仮名の“カワイイ”であるが、お水系の女性たちとキティちゃんの組み合わせになると、“キュート”な意味が付加される。“キュート”には、活動的で少しハデなイメージが含まれているということである。

“カワイイ”というコトバの持つ意味が広がった背景には、女性たちの趣味・嗜好の分散化がある。 女性誌で見ると1970年、71年に『an-an』と『non-no』が相次いで創刊され、若い女性たちにオシャレする楽しみ、消費する楽しみを初めて植え付けた。しかし、読者の中にはもっとオシャレをしたい、もっとお金を使いたいという層も現れる。そこで、75年に『JJ』が登場する。そして女性ファッション誌の華やか戦争に追い打ちをかけたのが、81年に登場した『CanCam』だ。さらに『ViVi』『Ray』の創刊によって、女子大生をターゲットした4大女性誌が出そろうことになった。 80年代は『JJ』『CanCam』『ViVi』『Ray』の4大女性誌が提案するキャンパス・ファッションやOLファッションがブランドを引きずってひとつのスタイルを作った。

しかし、90年代以降、トレンドは大規模なものから分散化の傾向に入る。これは、消費傾向が垂直的傾向から水平指向に変わったことを意味する。垂直的傾向であれば、憧れやある目標を目指して常に上を見るマインドが生まれ、お金を使ってセレブになりたい、という行動につながる。多少の無理をしても、高価なファッションにお金を使う。

しかし、水平的指向というのは、自分のクラスや仲間、所得に見合った消費傾向に収まってしまう。この水平的指向が増えれば増えるほど、さまざまな価値や行動は分散化する。 コミュニケーションも水平化し、その結果、ファッション誌も集英社や小学館などの大手出版社から発行されるものではなく、宝島社などの『CUTiE』『sweet』『InRed』といったギャル系、ストリート系、また『Zipper』に代表される古着系のファッション誌に移行し、何でもありの傾向になっている。だからトレンドを読むのが難しい。

“カワイイ”は「フリー」

現在、女性誌は月刊80数冊発行されている。95年以降、女性の価値観が分散化した結果であり、それ以降大規模なトレンドは発生していない。 雑誌の大きな流れを見ると、当初はカタログ雑誌が主流だった。当時の読者は雑誌に紹介されているファッションの真似をし、また組み合わせて楽しんでいた。 次にマニュアル誌へ移行する。「こういうファッションでこう行動しなければいけない」とか「モテるにはこうしよう」というマニュアルに沿って消費行動もとられていた。 しかし、最近はそういうお仕着せの提案に縛られるのを嫌う傾向にある。自由な発想で、自分たちがリアルに楽しんでいる。 この傾向は「フリー」という言葉で定義できる。カタログやマニュアルではなく、リアルで自分なりの「フリー」な空間やライフスタイルを楽しむのが、イマドキの若い女性の価値観を支配しているのである。

リアルな自分のライフスタイルを「フリー」に楽しむことによって、女性たちは無理をしなくなった。 高いモノを買う層は確実に存在しているが、80年代に見られたような無理をしてでもセレブになりたい、トレンドを追いかけたいという層が消えてしまう。無理できない環境になったということもあるが、無理をしなくても“許される”環境になったとも言えるだろう。 このような状況から、読めないトレンドをあえて読むのであれば、やはりそれは「フリー」というキーワードに着目するべきだろう。水平的指向と「フリー」、それを象徴する“カワイイ”という価値観。

“カワイイ”はまさに「フリー」とも言える。 何に対しても“カワイイ”と言っておけば間違いない。そこに定義はない。自分たちで楽しめる。組み合わせて楽しければ“カワイイ”。これには決まりはない。“カワイイ”と登録すれば“カワイイ”。「楽しい」と登録すれば「楽しい」。つまり、“カワイイ”は「フリー」である。

※本記事は取材を元に作成。

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プロフィール
仲川秀樹

仲川秀樹

現在:
日本大学文理学部教授
大妻女子大学講師
専門:
マス・コミュニケーション論、メディア文化論、社会学理論
単著:
『おしゃれとカワイイの社会学』学文社 2010年
『もう一つの地域社会論』学文社 2006年
『メディア文化の街とアイドル』学陽書房 2005年
『サブカルチャー社会学』学陽書房 2002年
共著:
『マス・コミュニケーション論』学文社 2004年
『情報社会をみる』学文社 2000年

 

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